日独防共協定とユダヤ民族

1935年7月25日から、同27日にわたって、露都モスクワに第三国際共産党第7回大会が開催された。参加団体57、出席代表510名で、第二国際共産党を始め、各種の社会主義団体と連合し、その戦線を統一して、人民戦線の構成をするため討議を行った。その決議文は当時、我が新聞紙上にも報道せられたのであるが、その重要なる点は次のごとくである。

一、国際共産党(コミンテルン)は従来における諸団体との対立観念を清算して、もっぱらファシズムに対する単一戦線の構成に邁進する。すなわち反ファシズム戦線統一の手段としてその何物たるを問わず、これと提携し、高遠なる理想論を排して、日常卑近の現実的事業を捉え、かつ各国の特殊事情に即応するがごとき方法をもって、しらずしらずの間に大衆を自己の傘下に引き入れ、ファッショないしブルジョア機関に積極的に潜入して、内部よりこれを崩壊せしむること。

二、赤化の主攻撃を日本およびドイツ、ポーランドに選定し、これらの国を撃破するため、英、仏、米の資本主義諸国とも提携し、各個に撃破するの戦略を採ること。

三、日本を中心とした赤化の前提として支那の利用に力を注ぐこと。

この決議の実行として、第二国際共産党を始め、各国において公認されている幾多の社会主義団体と提携し、人民戦線の統一強化を図り、もって赤化工作に活躍することになった。

日本は、この世界赤化の本源コミンテルンに対し、昨年11月25日ドイツと防共協定を締結した。すなわちドイツと思想戦の共同戦線を張ったのである。

このナチスのドイツが、徹底的にユダヤ人を排斥していることは、何人も知らぬ人はいない。ヒトラーのナチス政権成立当時、ドイツ在住ユダヤ系民族、すなわちユダヤ教徒、改宗ユダヤ人およびアリアン人種との混血種、あわせて174万居ったのであるが、最近の報道によれば、そのうち、ドイツより追放あるいは亡命せるもの、実に49万9千余と伝えられている。その中には有名なノーベル賞を受けた小説家トーマス・マンを始め、プロ作家であるところのベレヒトおよび、元蔵相ルドフル・ヒルファンデング博士もはいっている。したがってユダヤ民族の世界分布にも大変動をきたしたことは申すまでもない。

そもそもユダヤ人マルクス主義を実行せんとするユダヤ人および、その共鳴者によって、組織されているところの国際共産党員からなるソビエト連邦政府、ならびにユダヤ人に関して、昨年9月10日ナチス大会において、ローゼンベルグ外交部長およびゲッペルス宣伝相のなしたる宣言は、よくその真相を衝いている、まずローゼンベルグ外交部長宣言の中に、次のことがある。

「ソ連邦政府を支配する者は、農民にあらず。労働者にあらず。実にユダヤ人によって指導さるる最も苛酷なる国家資本主義である!赤軍は全世界ユダヤ禍の旗幟を掲げ、武装せるプロレタリアの前科者を第一線に据え、欧亜両大陸諸国を内外から脅威している!」

更にゲッペルス宣伝相は、次のように述べている。

「今やユダヤ人は欧州各国の文化を壊滅に導き、国際ユダヤ帝国建設のため、あらゆる手段と方法を尽くして蠢動している!各国民は今こそ奮起して世界の危機を救済するため、ボリシェヴィズムとの闘争を開始せねばならぬ。彼らはかつて露国に施したところを今スペイン国内に繰り返しているが、スペイン内乱を全欧州に拡大するのが、彼ら究極の目的である。ボリシェヴィズムは今や理論闘争の対象ではなく、欧州死活の大問題である。ヒトラー総統は率先ユダヤ禍に対する抗争の火蓋を切った。両極は決して妥協しない・・」

右の宣伝の真実なる限り、日本国民は防共協定の成立によって、ユダヤ民族を理解するの必要性が倍加されたのである。

我々はコミンテルンに対して公然ドイツと共同戦線をはった以上、コミンテルンと不離不即の関係にあるユダヤ民族に対しては、その好むと好まざるとにかかわらず、無関心でありえなくなったのである。

もちろんこのユダヤの赤化主義はユダヤの世界政策中、最も尖鋭過激な一部にすぎないのである。このほか世界大秘密結社フリーメーソンを背景とする大勢力が潜んでいる。また他に世界三分の二の大資本を所有するユダヤ大資本主義が、傲然として構えている。いわんやこれらのユダヤ勢力が欧米はもちろん、支那および日本までも及んでいるにおいては、なおさらのことではあるまいか。

話は少し変わるが、去る12月1日、英京ロンドンにファシストのユダヤ人に対する大示威運動が挙行された。彼らファシストは例の黒シャツを着け、ロンドン東区にあるユダヤ人居住地に、大デモンストレーションを行った、これを見て憤慨したのは共産党および独立工党である、早速寄りより集団して反ファッショの大運動を始めた。正反対の思想団体が敵意をもって、同じところでぶつかったからたまらない、そこに大騒動が持ち上がった。こうなっては警察も黙っているわけにはいかない、早速出動した。しかしこの警察隊の出動くらいで驚く連中ではない、ついに相互に実弾が飛び始めた。そして三者三つ巴になって大混乱となり、これがためお互いに多数の負傷者をだしたばかりでなく、一般民衆は逃げようとして折り重なって倒れ、ここにも多大の死傷者が生じた。

この事件は、デモクラシーの英国に、ファッショの反ユダヤ主義の勃興を実証するものであるが、しかし英国に昔から根強く張られたユダヤの勢力はすこぶる偉大で、英国が今からユダヤ勢力下より脱することは絶対に不可能とされている。

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